早産

 スーパーの店頭に柿が並んでました。

 家の柿の木に実がたくさん熟す頃、長男の誕生日が来ます。

 ・・・長男は1月15日が出産予定日でした。妊娠27週に破水して、数日入院したのですが早産しました。

 ところで。出産予定日って、私のあやふやな「最終月経日」自己申告に基づいて決まるらしく、

 7ヶ月末の早産で、1400グラムの(!)未熟児だったのですが、

 小児科の先生には「最終月経日間違えてない?」と尋ねられました。超未熟児ではありましたが、(幸い)、7ヶ月末にしては成長してるんじゃないかと。(冷や汗)

 
  今もそうなんですが、ほんとに母親の自覚に欠ける母親で。

夫と、その頃はまだ元気だった義母が、「バス旅行でリンゴ狩りに行くけど、あんたもどうかね。」と誘ってくださったのにうかうかとのり、(ほら、全員O型なの)

10月の連休に、岡崎から長野までバスに揺られてリンゴ狩り、みずひき工芸を見学。ちょっとさむいな・・・と思いつつ。

それから1週間くらい後に、夕食の片付けも終わってほっとしてたとき、破水してしまいました。

うっすらと海水のような匂いのする透明な水が、あてているタオルをどんどん浸してく。軽くパニックになりました。

・・・夫の運転する車で、通っていた産科の個人病院へ。そこで3日ほど「絶対に縦にならないように」(トイレはべつ。)と、薬で子宮の収縮をとめつつ横になっていたのですが。

このままでは早産必至、ついては出産前に未熟児集中治療センターがある大きな病院に行った方がいい、ということで。

生まれて初めて、救急車に載せられ、総合病院にお世話になることに。

2日後くらいにもう苦しくて無理!と音をあげ、「それじゃ分娩室へ」とあわただしく運ばれました。


・・・生まれた長男をみせていただいたのもつかの間、それっとばかりに小児科の先生が受け取って未熟児集中治療センター
に。それから2ヶ月間、さわることもできず、ガラスの箱の中に。

 今では出産直後の母子接触が大切だと言われているようですので、もっと触れる機会が多いのではないかと思いますが、

その当時は雑菌が入ることを懼れて、触れさせてもらえませんでした。仕方ありません。母胎よりも安全な箱に、護ってもらっているのですから。

そのかわり、ナースさんが日々日誌をつけて、様子をくわしく教えてくれました。無呼吸発作が起きること、そのたび警告音が響き、ナースさんがおこすとはっと気づいて呼吸を始めること。今日はお鼻から母乳を何グラム飲みました、などなど。質問を書くと、丁寧に答えていただき。

 はじめてのこどもなのに、世話もできず触れることもできず、悲しく不安だった気持ちを、日誌が支えてくれました。

 1400グラムの時は、老人のような顔でした。それがだんだんふっくらしていき、クリスマスの頃にはガラスの箱から出て、新生児室に。そして無事退院することができました。

 退院後も数ヶ月おきに健診に通い、眼底検査を受けました。中学・高校の時からコンタクトを使っていますが、保育器の中にいたことの影響かどうかは、わかりません。TV見たりするときの、家での習慣が、良くなかったのかもしれませんし。


 早産の原因は、リンゴ狩りだけではなく、仕事の緊張感なども、あったのかと思います。セーブしようとか思わず、動けるままに、心の赴くままに、頓着せず仕事してました。時々おなかがかた~くなった感じがすることがあったのですが、定期健診で「おなかが張ることがありますか?」と尋ねられても、「張る」という言葉と実際の感触を結びつけようともせず「いいえ」と答えたし。

 その結果突然産休にはいり、職場の方々にもとんだ迷惑をかけてしまいました。

・・・母親としても職業人としても、至らないことばかりの自分です。今も。やれやれ。

・・・見守ってくださったみなさま、ありがとうございました。長男はもうじき25才になります。


今では、このような商品もあるのですね。



 

 













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